誰にも声が届かないと思っていた人が、誰かとつながれる物語
2021年本屋大賞受賞作『52ヘルツのクジラたち』は、孤独を抱える人々が再生していく姿を描いた心揺さぶる傑作です。
本記事では、あらすじから見どころ、感想まで徹底解説します。
本書の概要
- 作品名 :52ヘルツのクジラたち
- 著者 :町田そのこ
- 出版社 :中央公論新社
- 出版日 :2020年4月21日
- 頁数 :264ページ
- ジャンル:心理フィクション
あらすじ(ネタバレなし)
「世界で最も孤独なクジラ」の鳴き声が、物語の象徴に
「52ヘルツのクジラ」とは、他のクジラには聞こえない周波数で鳴くため、誰にも声が届かない”世界で最も孤独なクジラ”と呼ばれる存在です。
本作の主人公・三島貴瑚(あだ名:キナコ)は、家族に人生を搾取され続けてきた女性。
東京での苦しい生活から逃れ、大分の海辺の町にたどり着きます。
そこで彼女は、母親から虐待を受け言葉を発さない少年と出会います。彼の孤独に自分の過去を重ね、救おうとする中で、キナコ自身も心の傷を癒していく—。
過去と現在が交錯しながら、人とのつながりによって希望を取り戻していく再生の物語です。
読みどころ5つの魅力
1. 深いテーマ性と社会問題への洞察
本作は現代社会の深刻な問題を正面から描きます。
- 児童虐待と家庭内暴力:少年とキナコが経験した苦しみをリアルに描写
- ヤングケアラー問題:家族のために自分の人生を犠牲にする若者の現実
- LGBTQ+の葛藤:登場人物を通して描かれる多様な性のあり方
- 毒親との関係性:家族からの搾取と心の傷の連鎖
重いテーマながら、光を見出す展開が「希望」と「人間の強さ」を感じさせます。
2. 52ヘルツのクジラが象徴する「届かない声」
物語のタイトルにもなった”52ヘルツのクジラ”は、孤独な登場人物たちの心の叫びを象徴しています。
「あたしは、あんたの誰にも届かない52ヘルツの声を聴くよ。いつだって聴こうとするから、だからあんたの、あんたなりの言葉で話しな。全部、受け止めるよ」
52ヘルツのクジラたち (p.70)
キナコが少年の「声なき声」に耳を傾ける姿勢は、現代社会で見落とされがちな「他者の声に気づくこと」の大切さを教えてくれます。
3. 美しい文体と心に残る情景描写
町田そのこさんの文体は、日常的な親しみやすさと詩的な美しさを兼ね備えています。
特に海や雨などの水を使った描写が印象的です。
目の前に、雨の紗幕がかかっている。やっと馴染んできた風景が顔つきを変えて、見知らぬ場所に迷い込んだような錯覚を覚える。さっきまでと空気の温度も変わって、やわらかな雨音だけが耳に優しく響く。かさかさと音がして目を向けると、どこから現れたのか小さなカエルが這っていた。雨に呼ばれて出てきたのだろうか。
52ヘルツのクジラたち(p.13)
こうした繊細な表現が、登場人物の見ている情景をイメージさせられ、読者に深い没入感をもたらします。
4. 丁寧に描かれる人間関係と心の機微
登場人物一人ひとりが立体的に描かれ、それぞれの過去や背景が物語に深みを与えています。
- アンさん:キナコを救った心の支えとなる存在
- 美晴 :キナコの親友であり理解者
- 新名主税:キナコの恋人となるが、アンさんと敵対してしまう
- 少年 :親からの虐待・育児放棄によって声を失ってしまう
中でも、アンさんの語る「魂の番(たましいのつがい)」という概念は心を打ちます。
この「誰かの孤独に寄り添う存在」という考えが、物語全体を貫く温かいメッセージとなっています。
5. 感動を呼ぶ「再生」のストーリー
本作の最大の魅力は、キナコと少年の傷ついた心が少しずつ癒され、前に向かって歩んでいく過程の描写です。
絶望の中からでも、誰かとつながることで人は生まれ変われる—そんな希望のメッセージが胸に迫ります。
感想と評価
本書は264ページと読みやすいボリュームで、表現も平易なため、文学作品が苦手な方でも読み進めやすいでしょう。
読み進めるうちに明かされるキナコや少年の過去に心が痛み、それでも再生しようとする彼らの姿に深い感動を覚えました。
特に「魂の番」という言葉は、人生における大切なつながりを考えさせてくれる名言です。
評価(5段階)
こんな人におすすめ
- 10代後半〜30代の若い読者
- 人間関係や家族の問題に悩んでいる方
- 社会問題に関心のある方
- 心が疲れているときに希望が欲しい方
- 孤独を感じている時期にある方
※ 児童虐待やDVなど、ややショッキングな描写も含まれるため、感受性の強い方はご注意ください。
映画化情報
2024年3月に待望の映画化が実現し、大きな話題を呼びました。
- 主演:杉咲花(キナコ役)
- 共演:志尊淳、宮沢氷魚ほか豪華キャスト
- 監督:成島出
映像でも再現された情感豊かな物語は、原作と併せて楽しむことで、より深い感動を味わえるでしょう。
まとめ

『52ヘルツのクジラたち』は、現代社会の闇と向き合いながらも、人と人とのつながりの中で再生していく姿を描いた感動作です。
誰にも届かないと思っていた声が、誰かに届く
という希望のメッセージが、孤独を感じる全ての人の心に、温かな光をともしてくれるでしょう。
読み終えた後も長く心に残る一冊です。ぜひ手に取ってみてください。