結婚とは何か。
人は誰かと一緒になることで、何を得て、何を失うのか。
辻村深月さんの小説『傲慢と善良』は、そんな普遍的な問いを鮮やかに描き出した作品です。
SNS時代の現代社会において、「善良であること」の意味と「傲慢であること」の正体を問いかけるこの物語は、とりわけ結婚を考える20~30代の読者の心に響くでしょう。
人間関係の複雑さと結婚という制度の光と影を描いた本作は、ミステリー要素も絡めながら読者を引き込み、最後まで予測不能の展開で読者を魅了します。
今回は、『傲慢と善良』の魅力に迫りながら、この作品が私たちに問いかける本質的なテーマについて考えてみましょう。

本書の概要
- 作品名 :傲慢と善良
- 著者 :辻村深月
- 出版社 :朝日新聞出版
- 出版日 :2019年3月5日
- 頁数 :416ページ
- ジャンル:恋愛・ミステリ
『傲慢と善良』のあらすじ
二人の主人公の交差する人生
『傲慢と善良』は、異なるバックグラウンドを持つ二人の主人公、西澤架(にしざわかける)と坂庭真実(さかにわまみ)の物語です。
西澤架は東京生まれ東京育ちの30代後半の男性。
父の死去により家業のビール輸入販売店を継いでいます。
かつて理想の恋人だったアユとは、彼女の結婚願望を先延ばしにした結果、別れてしまった苦い過去がありました。
年齢を重ねるにつれて出会いの機会が減っていることを実感した架は、友人の勧めでマッチングアプリに登録し婚活を始めます。
坂庭真実は群馬県前橋市出身の女性。
内向的で自分の意見を主張するのが苦手な性格で、進学や就職も母親の意向に沿って決めてきました。
30歳近くになっても彼氏ができない真実は、最終的に母親の手配した地元の結婚相談所でお見合いを経験します。
しかし、それも成立せず、両親の過干渉から逃れるために上京を決断。
東京では派遣社員として英会話教室で働きながら、マッチングアプリを通じて架と出会うことになります。
揺れ動く結婚への思い
架と真実は交際を始めますが、架の心の中にはアユへの未練が残っていました。
架は真実との結婚にあまり積極的ではなく、友人の美奈子に「何パーセント結婚したいか」と問われて「70パーセント」と答えてしまいます。
美奈子は、架が真実に対して100%の気持ちを持っていないなら結婚すべきではないと忠告します。
そんな中、真実の部屋にストーカーが現れるという事件が起こります。
怯える真実を見た架は結婚を決意し、式場も予約します。
しかし結婚式直前、真実は突然失踪してしまいます。
真実の英会話教室での送別会の帰り道に何か事件が起こり、ショックを受けた彼女は誰にも告げずに東京を離れ、仙台へと向かったのです。
探し求める真実
真実の失踪に困惑した架は、手がかりを求めて真実の故郷である群馬へ向かいます。
そこで彼は真実の家族や過去の見合い相手など、彼女の生い立ちに関わる人々と出会い、これまで知らなかった真実の一面を知ることになります。
一方、仙台に逃れた真実は、谷川ヨシノというボランティア活動をしている女性と出会い、樫崎写真館での仕事を紹介してもらいます。
また、ボランティア活動を通じて高橋という青年とも知り合い、彼は真実に好意を抱くようになります。
この物語は、「傲慢さ」と「善良さ」という対照的な概念を通して、人間関係の複雑さと結婚の意味を探求していきます。
作品のテーマ
1. 「善良さ」とは何か?
『傲慢と善良』の中心テーマは、「善良であること」の意味を問い直すことにあります。
真実は自己主張が苦手で、常に周囲の期待に応えようとする「善良」な人物として描かれています。
一方で架は、自分の気持ちに正直になれず、真実との関係においても「70パーセント」という中途半端な気持ちを抱えています。
作品は「善良であること」の両義性を鋭く描き出します。
他者からの評価を得るための「善良さ」は、時に自己欺瞞となり、ときに他者への暴力にもなりうるのです。
真実の「善良さ」は彼女自身を縛り、本当の自分を見失わせる原因にもなっています。
この作品を通して、読者は以下のような「善良さ」の問題について考えさせられます。
- 自己犠牲と善良さの境界線はどこにあるのか
- 他者に評価されるための「善良さ」は本当に自分のためになるのか
- 傷つけないための嘘と、正直であることのバランスをどう取るべきか
2. 「傲慢さ」の正体
一方で、作品は「傲慢さ」についても深く掘り下げています。
架の「70パーセント」という気持ちは、ある種の傲慢さを表しています。
真実に対して完全に心を開くことができない自分本位の姿勢は、彼自身も気づかぬうちに真実を傷つけているのです。
また、真実の母親の過干渉も「傲慢さ」の一形態として描かれています。
娘のためを思う気持ちがあるとはいえ、自分の価値観を押し付ける行為は、相手の自由を奪う傲慢さにつながるのです。
辻村深月さんは、この「傲慢さ」と「善良さ」が表裏一体であることを巧みに描き出し、人間の内面の複雑さを浮き彫りにしています。
『傲慢と善良』の魅力
1. 心理描写のリアリティ
辻村深月さんの真骨頂は、登場人物たちの繊細な心理描写にあります。
特に架と真実、それぞれの内面は、独白や回想を通して立体的に描かれ、読者は彼らの思考や感情に深く共感することができます。
また、マッチングアプリを通じた現代の出会いや、結婚に対する不安と期待、過去の恋愛の影響など、繊細な感情のやり取りが描かれています。
SNSでの自己表現や他者との比較など、現代特有の問題も織り込まれており、20~30代の読者にとって身近な問題として受け止められるでしょう。
2. ミステリー要素の巧みさ
『傲慢と善良』は、純粋な恋愛小説ではなく、ミステリー要素も含んだ作品です。
物語は徐々に謎が解き明かされる構造になっており、真実の失踪の理由や、彼女と架の関係の真相が少しずつ明らかになっていきます。
特に印象的なのは、真実が突然失踪するという展開です。
なぜ彼女は結婚式直前に姿を消したのか、送別会の帰りに何があったのか、読者は架とともにその謎を追いかけることになります。
真相が明らかになるごとに読者の解釈が覆される展開は、この作品の大きな魅力となっています。
3. 現代社会への鋭い視点
辻村深月は現代社会、特に結婚や人間関係における問題に鋭い視点を投げかけています。
本作では以下のような現代的なテーマが探求されています。
- マッチングアプリを介した出会いと関係構築の難しさ
- 「理想の結婚」と現実のギャップ
- 親の干渉と子の自立の問題
- 地方と都会の価値観の違い
これらのテーマは、特に結婚を意識し始める20~30代の読者にとって身近であり、自分自身の人間関係や将来について考えるきっかけを与えてくれるでしょう。
まとめ
『傲慢と善良』は単なる恋愛小説やミステリーの枠を超え、現代社会における人間の「善良さ」と「傲慢さ」の本質に迫る作品です。
辻村深月さんの繊細な筆致によって描かれる人間関係のリアリティと心理描写の深さは、読者の心に長く残るでしょう。
私たちは誰もが、自分は「善良」であると信じたいと思っています。
しかし、その「善良さ」の裏には、時に気づかぬ「傲慢さ」が潜んでいるかもしれません。
本作は、そんな人間の複雑さを優しく、そして鋭く描き出した秀作です。
結婚を考える20~30代の方はもちろん、人間関係の複雑さに悩むすべての方に、ぜひ一度手に取っていただきたい一冊です。
【この物語があなたの心に残るはず】
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『傲慢と善良』を読んだ人におすすめの本
※2作とも辻村深月さんの作品ですが、『傲慢と善良』の続きというわけではありませんので、どの作品から読んでも問題ありません。
①『島はぼくらと』辻村深月
『島はぼくらと』は島暮らしの幼なじみ4人の爽やかな青春物語です。
『傲慢と善良』後半に登場する地域活性デザイナーの谷川ヨシノも登場します。
この作品でもヨシノは人のために奔走していますので、その活躍が気になる人はぜひお読み下さい!

②『青空と逃げる』辻村深月
『青空と逃げる』は『傲慢と善良』に登場する早苗、力が主人公の作品となります。
『傲慢と善良』では真実に影響を与えた親子でしたが、忽然といなくなっていました。
本作ではその理由や、親子がどこに行ったのかが明らかとなります。
そして、もちろんヨシノも登場しますので、ヨシノファン必読の1冊です!
