はじめに
あなたは今、生きることに「疲れ」を感じていませんか?
あるいは、どうしても許せない誰かや、整理できない過去の感情を抱えていませんか?
もしそうなら、この本はあなたのための処方箋になるかもしれません。
今回ご紹介するのは、『パラ・スター』などの作品で知られる実力派作家、阿部暁子さんの『カフネ』です。
タイトルにある「カフネ(Cafuné)」とは、ポルトガル語で「愛する人の髪にそっと指を通す仕草」を意味する言葉。
この美しくも切ないタイトルが示す通り、本書は不器用な人々が、互いの孤独にそっと触れようとする、魂の再生の物語です。
「片付け担当」の薫子と、「料理担当」のせつな。
二人が依頼人の家を訪れ、散らかった部屋と冷え切った食卓を再生していく様子は、読んでいる私たち自身の心も整えてくれます。
静かな感動に包まれたい夜に、ぜひ読んでほしい一冊です。
本記事では以下のようなことを紹介していきます。
- ネタバレなしのあらすじ
- 読みながら何度も胸をつかまれたポイント
- 後半で少しだけ踏み込んだネタバレありの感想を、一読者としての率直な気持ちとともにまとめていきます。
本書の概要
- 作品名 :カフネ
- 著者 :阿部暁子
- 出版社 :講談社
- 発行日 : 2024年5月22日
- 頁数 :304ページ
- ジャンル:文芸・ヒューマンドラマ・家族小説
著者:阿部暁子
岩手県出身。透明感のある文章で、人間の内面にある光と影を丁寧に描く作家。
『パラ・スター』などの代表作があり、本作でもその筆致は健在です。
あらすじ
法務局で働く野宮薫子は、溺愛していた29歳の弟・春彦を急死で失います。
夫とは離婚、生活は荒れ、アルコールに頼る日々。
そんな彼女が弟の遺言書をきっかけに会うことになったのが、弟の元恋人である小野寺せつな。
ところが、せつなの態度はとにかくぶっきらぼうで、不愛想。
「なんでこの人に弟が惹かれたの?」と思ってしまうような冷たさに、薫子は反発します。
しかし、体調を崩して倒れた薫子を自宅まで送り、ありあわせの食材でせつなが作ってくれた料理を食べた瞬間、薫子の中で何かがほどけていく。
そこからふたりは、家事代行サービス会社「カフネ」での仕事を通じて、様々な事情を抱えた家々を訪ねることになります。
散らかった部屋、冷蔵庫の中の寂しい食材、そこに住む人たちの事情と、言葉にされない寂しさ。
掃除と料理という「暮らしを整える仕事」をしながら、薫子とせつな自身も、少しずつ“生き直し”をしていくーー。
私が『カフネ』に心を奪われた理由
1. 「食べること」が、きれいごとじゃない再生の物語になっている
『カフネ』は、いわゆる“おいしそうな料理がいっぱい出てくる小説”でもあります。
でも、それ以上に強く感じたのは、
「食べることは、生きていくことをもう一度信じなおす行為なんだ」というメッセージでした。
- 久しぶりの温かいごはんに、体がゆっくりほぐれていく瞬間
- 手料理の匂いと湯気だけで、泣きそうになってしまう瞬間
- 誰かと向かい合って同じものを食べることで、「一人じゃない」と実感する瞬間
そういう場面が、とても丁寧に描かれます。
読んでいる自分の身体まで、じんわり温まってくる感じがしました。
2. 生活のリアルさと、痛みの描写から逃げない
登場人物たちはみんな、何かしらの「しんどさ」を抱えています。
- 離婚と喪失でボロボロになった薫子
- 家族との関係、生き方に傷を負っているせつな
- 家事代行の依頼主たちも、それぞれに事情や孤独を抱えている
作品の中では、
離婚、介護、貧困、不妊治療、自死といった、現代の重たいテーマも扱われます。
それでも、物語は決して絶望で埋め尽くされません。
誰かの部屋を掃除すること。
冷蔵庫の中にある食材で、ごはんをこしらえること。
その「具体的な行為」を通して、人の心が少しだけ軽くなっていく。
重さと希望のバランスが、本当に絶妙でした。
3. 薫子とせつなの関係性が“ラベルの外側”にある
姉(薫子)と、弟の元恋人(せつな)。
年齢も価値観も、これまでの人生も違うふたりが、最初は最悪のスタートから、どうしようもなく惹かれ合っていく。
この関係性は、読む人によっては「友情」と捉えるかもしれないし、「家族」と思う人もいるだろうし、「恋愛」と読む人もいるかもしれません。
作品のいいところは、そのどれと断言もしていないことだと思います。
カフネ=「愛しい人の髪を撫でるしぐさ」という言葉に収まってしまうようでいて、そこには「友情」「家族愛」「恋愛」といったラベルを全部含んで、なお入りきらない、やわらかい領域がある。
その“名前をつけきれない感情”が、読んでいてたまらなく愛おしかったです。
キャラクターの魅力
野宮薫子
- 40代、法務局勤務
- しっかり者に見えて、内側はボロボロ
- 弟を溺愛していて、その喪失から立ち直れずにいる
薫子は決して「分かりやすく良い人」ではありません。
イライラもするし、拗ねるし、被害者意識に飲み込まれそうにもなる。
でも、その不格好さがあまりにも人間らしくて、読み進めるほどに「この人、幸せになってくれ」と祈りたくなりました。
小野寺せつな
- 弟の元恋人
- 一見、無愛想で冷たく見える
- けれど、料理と仕事ぶりには驚くほどの丁寧さと優しさがにじむ
せつなの魅力は、「言葉よりも行動で語るところ」だと思います。
ぶっきらぼうなセリフと、テーブルに並べられた料理のやさしさとのギャップがすごい。
特に、薫子の“どうしようもなさ”を真正面から受け止めて、なおそっと寄り添おうとする姿勢に、何度もやられました。
テーマ考察:家事代行と「カフネ」というしぐさ
『カフネ』が面白いのは、ただの「おいしいごはん小説」ではなく、「家事代行」という仕事を通して、ケアのかたちを描いているところです。
- お金を払って依頼される家事
- けれど、そこにはどうしても「気持ち」も紛れ込んでしまう
- 線引きしなければいけない部分と、踏み込みたい気持ちの葛藤
家事代行の現場は、「他人の生活に入っていく仕事」です。
その緊張感と、だからこそ生まれる信頼関係。
そしてタイトルの「カフネ」。
髪を撫でるしぐさって、強引ではないんです。
押しつけではなくて、相手が受け取れる分だけ、そっと触れるという優しさ。
掃除や料理という行為もまた、その人の生活に「そっと触れる」しぐさなんだと思いました。
▼ここからネタバレありの感想
※未読の方はここでいったんストップしてもらえると安心です。
「最初の一皿」で流れ出した涙
物語の始まりの方で、せつなが初めて薫子に振る舞う料理。
その一皿を前に、何年分もの涙が一気に決壊するような場面があります。
そこまでの薫子は、とにかく「自分の状態の悪さ」に鈍感になっているんですよね。
ちゃんとしたご飯なんて久しく食べていない。
部屋も心も荒れ放題。
そんな彼女が、あたたかい料理を前にした瞬間にようやく、「自分がどれだけ空腹だったか」に気づく。
この“空腹に気づく”という体験は、食べものの話でありながら、心の飢えの話でもあると感じました。
「私、こんなにも満たされてなかったんだ」
それを認めるのは苦しいけれど、そこからしか立ち直りは始まらない。
骨付き肉のシーンに集約される、「一緒に生きよう」のメッセージ
作中で特に心を掴まれたのが、ふたりが向かい合って、大きな骨付き肉にかぶりつくシーンでした。
ちょっと漫画みたいに豪快なその肉は、それまでにふたりが見てきた「食べる気力もなくなってしまった人たち」の姿と、はっきり対照的です。
- たっぷりの肉汁
- かぶりつく瞬間の笑い声
- テーブルの上にこぼれる小さな混乱
その全部が、「私たちはまだ、こんなにおいしく笑えるんだ」という生の実感そのものに見えました。
読んでいるこちらまで、画面の前でにやにやしながら、ちょっと泣きそうになっていました。
ケーキ→パフェの誕生日のシーン
ぐちゃぐちゃになってしまった誕生日ケーキ。
年齢的にも、状況的にも、「こんなことで泣くなんて」と自分で自分を責めてしまう薫子。
そこでせつなが見せたのが、ケーキをパフェに変身させてしまう不器用な優しさでした。
「失敗したからダメ」ではなくて、「形を変えて、ちゃんとおいしく生き直せばいい」。
このシーンは、作品全体のメッセージそのものだと思います。
人生も感情も、一度ぐちゃぐちゃになってしまったら終わりじゃない。
違う形に作り直して、美味しく食べ直すことができる。
その象徴としてのパフェに、静かにやられました。
終盤のネタバレを含む感想(未読の方は要注意)
物語の後半、弟・春彦がなぜ急死したのか、なぜせつなと別れたのか、その真相が明かされていきます。
春彦もまた、見えないところで苦しんでいました。そして、せつな自身も大きな病気(白血病の経験)や孤独を抱えて生きていたことがわかります。
最も心を揺さぶられたのは、薫子が法務局職員としての知識を使い、せつなを守ろうとする場面です。 「遺言書」は単なる財産分与の書類ではなく、弟から二人への「これからも生きてほしい」というラブレターだったのだと気づかされます。
ラストシーン、薫子の愛のある言葉と行動に、せつなは戸惑い拒絶しようと逃げるようにカフェを後にします。
しかし、薫子がカフェを出た後、すぐそばで泣き腫らした目をしているせつなを見つけ、愛おしそうに彼女の髪にそっと指を絡めます。
「カフネ」という言葉の通り、触れるか触れないかの距離で寄り添い合う二人の姿に、涙が止まりませんでした。
それでもやさしい物語だと言い切れる理由
ここまで書いてきたように、『カフネ』は決して軽い話ではありません。
読みながら胸が苦しくなる場面もたくさんあります。
それでも私は、この物語を「やさしい」と呼びたいと思いました。
なぜなら、登場人物たちが誰一人として、「完璧な救い主」にならないからです。
みんな、どこか不器用で、誰かを傷つけてしまうこともあるし、自分のことで精一杯になってしまう瞬間もある。
それでも、
- 台所に立つこと
- 誰かの部屋を片づけること
- 同じものを一緒に食べること
そういうささやかな行為を積み重ねて、少しずつ世界をマシな場所にしていこうとする。
その姿が、読後に静かな希望として残りました。
『カフネ』をおすすめしたい人
- 生活リズムや食事が乱れがちな人
- 「ちゃんと食べる余裕なんてない」と感じている人
- 家事・介護・福祉など、ケアの現場に関わっている人
- 友人とも家族とも恋人とも言い切れない“名前をつけにくい関係”を抱えている人
- 読後に、誰かと一緒にごはんを食べたくなる本が読みたい人
そういう人には、きっと強く響く一冊だと思います。
まとめ

「遺言書」という終わりの手続きから始まった物語は、「カフネ」という日々の営みへと繋がっていきました。
辛いことがあっても、お腹は空くし、部屋は汚れる。
でも、だからこそ私たちは、掃除をし、ご飯を食べることで、何度でも人生をやり直せるのかもしれません。
法務局員の薫子と、料理人のせつな。
凸凹な二人が織りなす再生の物語を、ぜひあなたの本棚にも加えてみてください。
『カフネ』を読んだ人におすすめの本
coming soon…

