『成瀬は天下を取りにいく』は、かなり不思議な主人公・成瀬あかりを描いた青春小説です。
本屋大賞を受賞した話題作なので、タイトルだけは知っているという方も多いかもしれません。
私も読む前は、「変わった主人公が出てくる明るい小説なのかな」くらいの印象でした。
実際に読んでみると、たしかに成瀬はかなり変わっています。
けれど、それ以上に印象に残ったのは、成瀬の突飛な行動を近くで見ている島崎みゆきの存在でした。
この記事では、『成瀬は天下を取りにいく』のあらすじや魅力、個人的に好きだったM-1のエピソードを中心に、ネタバレなしで感想をまとめます。
『成瀬は天下を取りにいく』の作品情報
まずは、『成瀬は天下を取りにいく』の基本情報を整理します。
- 作品名:成瀬は天下を取りにいく
- 作者:宮島未奈
- 出版社:新潮社
- ジャンル:青春小説、連作短編集
- 単行本発売日:2023年3月17日
- 文庫版発売日:2025年6月25日
- 頁数:288ページ
- ISBN:978-4-10-106141-2
『成瀬は天下を取りにいく』は、滋賀県大津市を舞台にした小説です。
主人公は、中学生の成瀬あかり。
幼なじみの島崎みゆきと一緒に過ごす日々の中で、成瀬は普通なら思いついても実行しないようなことを、本気でやっていきます。
この「本気でやる」というところが、成瀬の面白さです。
ふざけているように見えて、本人はいたって真面目。周りからどう見えるかよりも、「自分がやると決めたこと」を大事にしている感じがあります。
3行でわかる『成瀬は天下を取りにいく』
『成瀬は天下を取りにいく』を短くまとめると、次のような作品です。
- 我が道を行く成瀬あかりの行動を、周囲の人たちの視点から描いた青春小説
- 成瀬の突飛さだけでなく、島崎との信頼関係がとても魅力的
- 明るく読めるのに、読み終えると少しだけ自分も動きたくなる作品
この作品は、成瀬の強烈な個性を楽しむ小説です。
ただ、それだけではありません。
成瀬を見て驚いたり、振り回されたり、少し距離を置いて見守ったりする周囲の人たちがいるからこそ、成瀬という人物の輪郭がはっきりしてきます。
特に島崎みゆきの存在は大きいです。成瀬のそばにいる島崎がいることで、読者も成瀬を少し近い場所から見ているような気持ちになれます。
あらすじをネタバレなしで紹介
物語は、成瀬あかりが幼なじみの島崎みゆきに「この夏を西武に捧げる」と宣言するところから始まります。
閉店を控えた西武大津店に通い、ローカル番組の中継に映り込もうとする成瀬。
普通なら「何をしているんだろう」と思ってしまいそうですが、成瀬の場合は不思議と見ていたくなります。
その後も成瀬は、島崎とお笑いコンビを組んでM-1グランプリに挑戦したり、高校生活の中で独自の存在感を放ったりしていきます。
どのエピソードでも、成瀬の行動は少しズレています。
でも、そのズレ方が嫌な感じではありません。
周囲に合わせるために自分を小さくするのではなく、自分が面白いと思ったことをそのまま行動に移している。
その姿が、読んでいて妙に気持ちいいです。
成瀬あかりは、ただの変わった子ではない
成瀬あかりは、かなり個性的な主人公です。
突然大きなことを言い出したり、周囲が驚くような行動もする。
普通の感覚で見ると、「なぜそれをやろうと思ったのか」とツッコミたくなる場面も多いです。
ただ、読んでいて成瀬を嫌いになれないのは、彼女が誰かに認められるために行動しているわけではないからだと思います。
目立ちたいからやる。褒められたいからやる。誰かを見返したいからやる。
そういう感じではありません。
成瀬は、自分がやると決めたからやっています。
その理由が他人から見て少し変わっていても、本人の中では筋が通っている。
だからこそ、私もだんだん「成瀬ならそうするか」と受け入れてしまいました。
成瀬のすごいところは、周囲の空気に飲まれすぎないところです。
現実では、何かを始める前に「変に思われないかな」「失敗したら恥ずかしいな」と考えてしまうことがあります。
そうやって動けなくなることも少なくありません。
でも成瀬は、その手前で止まりません。
その姿を見ると、少しうらやましくなります。
自分にはなかなかできないからこそ、成瀬のまっすぐさが気持ちよく見えるのだと思います。
島崎みゆきがいるから、この物語はもっと良くなる
この作品で個人的にかなり好きだったのが、島崎みゆきです。
島崎は、自分のことを凡人だと思っているように見えます。
成瀬のように突き抜けた行動力があるわけではなく、むしろ読者に近い感覚を持った人物です。
だからこそ、島崎のツッコミや反応がとても読みやすいです。
成瀬が何かを言い出す。島崎が驚く。ツッコむ。
けれど、頭ごなしには否定しない。
なんだかんだで付き合ってあげる。
この流れがとても良いです。
島崎は、成瀬を無理に普通へ戻そうとしません。
成瀬の突飛な行動に戸惑いながらも、「成瀬はそういう人間だ」と分かったうえで隣にいます。
この距離感が、親友としてすごくうらやましいんですよね。
何でも肯定するだけの関係ではありません。
ちゃんと驚くし、ちゃんとツッコむ。
でも、相手の変わっている部分を面白がりながら、最後には尊重してくれる。
こんな親友がいたらいいなと思いました。
個人的に一番好きだったのはM-1のエピソード
私が『成瀬は天下を取りにいく』で一番好きだったのは、M-1に挑戦するエピソードです。
もちろん、実際に出場してからの流れも面白いです。
けれど、それ以上に好きだったのは、その前の成瀬と島崎のやり取りでした。
成瀬が突然、漫才をやってみたいと言い出す。
その理由もまた成瀬らしくて、テレビで見た漫才が面白かったから自分もやってみたい、というものです。
普通ならそこで終わる話かもしれません。
でも成瀬は、本当にやろうとします。
そして島崎は、驚きながらもその話に乗っていきます。
特に好きだったのが、成瀬がテレビで見た漫才を説明する場面です。
成瀬の説明は少し独特なのですが、島崎はそれを聞いてすぐにミルクボーイを連想し、的確にツッコミを入れます。
ここは思わず笑ってしまいました。
成瀬の説明のズレ方も面白いし、それを即座に受け取れる島崎も面白い。
この場面は、単にギャグとして面白いだけではありません。
成瀬と島崎が普段からどんな距離感で会話しているのかが、短いやり取りの中に出ている気がしました。
成瀬の言葉を、島崎はちゃんと聞いています。
ただ流すのではなく、ちゃんと受け止めたうえでツッコんでいる。だから会話が成立しているし、読んでいて気持ちがいいのだと思います。
この二人は、性格が同じだから仲が良いわけではありません。
成瀬は突き進む人で、島崎はそれを横で見ながらツッコむ人です。
方向性は違うのに、お互いへの信頼がある。その感じが、とても好きでした。
成瀬の隣にいられる島崎もすごい
成瀬のような人が近くにいたら、実際にはけっこう大変だと思います。
突然変なことを言い出すし、周囲の目を気にせず行動するし、一緒にいる側も巻き込まれます。
島崎も、成瀬の行動に毎回すんなりついていけるわけではありません。
それでも、島崎は成瀬の隣にいます。
ここが良いです。
島崎は、自分を凡人だと思っているかもしれません。
でも、成瀬の突飛な提案に対して、ただ笑って終わりにしたり、否定して終わりにしたりはしません。
ツッコミを入れながらも、成瀬が本気なら付き合ってあげる。
これは簡単なようで、意外とできないことだと思います。
相手が自分と違うことをしようとしたとき、止めたくなることもあります。
心配だから、恥ずかしいから、面倒だから、普通はやらないから。
理由はいくらでも出てきます。
でも島崎は、成瀬を自分の物差しだけで測らない。
だからこそ、成瀬は成瀬のままでいられるのだと思います。
この作品を読んでいて、成瀬の自由さに惹かれる一方で、島崎のような友人の存在にも強く惹かれました。
読後感は明るい。でも、ただ軽いだけではない
『成瀬は天下を取りにいく』は、全体的にかなり読みやすい小説です。
文章のテンポもよく、会話も楽しいので、重たい気分にならずに読み進められます。
話題作だからと身構えすぎなくても、すっと読める作品だと思います。
ただ、読み味は軽やかでも、残るものはあります。
閉店する百貨店、コロナ禍の空気、進学による関係性の変化。
成瀬たちの日常の中には、少しずつ変わっていくものや、戻らない時間も描かれています。
でも、この作品はそれを必要以上に悲しく描きません。
寂しさがある。
けれど、その中でも成瀬は何かをやってみる。
島崎もそれを見ている。
そういう積み重ねが、作品全体を明るくしています。
読み終えたあとに残るのは、「すごく感動した」というより、「こういう生き方もちょっといいな」という感覚でした。
『成瀬は天下を取りにいく』はこんな人におすすめ
『成瀬は天下を取りにいく』は、次のような人におすすめです。
- 明るく読める青春小説が好きな人
- 変わった主人公が出てくる作品を読みたい人
- 重すぎないけれど、読後感の残る小説を探している人
- 親友同士の距離感が好きな人
- 会話のテンポが楽しい小説を読みたい人
- 話題作や本屋大賞受賞作を読んでみたい人
- 読んだあと、少し元気になれる作品を探している人
特に、成瀬と島崎のような関係性に惹かれる人には合いやすいと思います。
主人公が突き抜けている作品はたくさんありますが、その隣にいる人物の反応まで楽しい作品は、意外と貴重です。
合わないかもしれない人
一方で、すべての人に合う作品ではないとも思います。
たとえば、重厚なストーリー展開や大きなどんでん返しを求めて読むと、少し物足りなく感じるかもしれません。
本作は、事件や謎で強く引っ張る小説ではありません。
成瀬という人物と、その周りにいる人たちを、短いエピソードの積み重ねで見ていく作品です。
そのため、派手な展開を求める方には少し淡々として見える可能性があります。
また、成瀬の個性がかなり強いので、主人公に共感できるかどうかで印象は変わりそうです。
ただ、個人的には、成瀬に完全に共感できなくても楽しめる作品だと思いました。
なぜなら、島崎の視点があるからです。
成瀬そのものになる必要はありません。
島崎と一緒に「成瀬ってすごいな」と眺めるだけでも、この作品は十分に楽しめます。
続編『成瀬は信じた道をいく』も読了済みです
ちなみに、続編の『成瀬は信じた道をいく』も読み終わっています。
『成瀬は天下を取りにいく』で成瀬あかりという人物に惹かれた方なら、続編で彼女がどのように周囲と関わっていくのかも気になるはずです。
続編の感想も、あらためて別記事でまとめる予定です。
まずは本作で、成瀬あかりと島崎みゆきの関係性に触れてみてください。
まとめ:成瀬だけでなく、島崎も好きになる作品
『成瀬は天下を取りにいく』は、我が道を進む成瀬あかりを描いた青春小説です。
成瀬はかなり変わっています。
けれど、その変わり方には不思議なまっすぐさがあります。
自分がやると決めたことを、周りの目に流されすぎずに実行していく姿は、読んでいて気持ちがいいです。
ただ、今回読んでいて私が特に好きだったのは、成瀬の隣にいる島崎みゆきでした。
成瀬の突飛な行動にツッコミを入れながらも、彼女を否定せず、ちゃんと尊重して一緒にいてくれる。
M-1のエピソードでは、その二人の関係性がとてもよく出ていて、思わず笑ってしまいました。
本作は、成瀬という強烈な主人公を楽しむ作品です。
でも同時に、成瀬を見守り、ツッコミを入れ、それでも隣に立つ島崎の魅力を味わう作品でもあります。
明るく読める小説が好きな方、親友同士の心地よい距離感に惹かれる方には、ぜひ読んでみてほしい一冊です。

